桜魔のデルタ

 たったった。ランニングの足音が昼下がりの住宅地に響く。規則正しく、けれど軽やかなリズムは若々しさが滲んでいる。気の向くまま住宅地を駆け抜けて、長尾景は額の汗を拭った。運動は好きだが、汗をかくのは苦手だった。
 入り組んだ路地、学校横のあぜ道、都会にしては大きな田んぼに畑。一応駐車場のあるコンビニ。
 ここは中央ではない。青々しい木々が生い茂る景色は美しい。空気も澄んでいて、余計なモノが見えることもない。頭上に広がる青空を見上げると、惚れ惚れするような晴天が広がっていた。
 本来ならば中央区にある事務所で寝転がっている時間だ。北部まで散歩というわけでもない。
 長尾は、依頼人に会いに来たのだ。

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彼が纏う空気

「来るぞ」
「え、なにが? ……ッ、――さむぅ」
 刀を握ると、人が変わったように彼の基準はズレる。非情、冷血、人命よりも任務優先。常日頃から聖人君子のように優しいとは言わないけれど、それにしても切り替わりについていけない。それがいいことなのか悪いことなのかは分からない。けれども、纏う空気の温度が変わるのはいただけない。

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