贈り物


 カイトさんをお借りしてもよろしいですか。タブレットを手に問いかけたコウを振り返って、キジーは首を傾けた。緩やかに三十度斜めにずれた視点を見つめながら、もう一度コウが同じ問いを口にする。
「この後、カイトさんをお借りしても?」
「カイトのことなのに、どうして私に聞くのかしら」
「……カイトさん、というよりもですね」
 視線が周囲を確認して、キジーに耳打ちをする。この後残るのがエナリとシムラなんです。途端に分かりやすくキジーの表情が歪む。言わなければよかったかとため息をついたところで、休みにもかかわらず職場へと顔を出したビトウを確認した。――勤勉なことだ。たとえ目的が女漁りであろうと知ったことか。

Continue reading “贈り物”

#カイキジでジューンブライド


 日本を出てから一年とちょっと。随分とこちらの気候にも慣れたと思いながら、下着とシャツだけで向かいの椅子に座り込んだキジーを眺める。慣れるまでは体調を崩していたキジーの我儘と言えば、朝食は味噌汁がいいというものくらいだ。日本から出る時点で、もうこの行動が一番の我儘だと思ったのだろうか。地元のものとは少し違う米を朝から食べる気にもならず味噌汁と食パンという、まあ正確には食パンとは呼ばないのだけど、和食ではない朝食もすっかり定着した。食べ合わせは思ったより悪くない。
 焼きも味付けもしないで、ただ食べられればいいと切り落としたパンを一口食べたところで、マグカップの味噌汁に浮かぶ豆腐を粗方漁ったキジーが口を開いた。
「結婚しましょう」

Continue reading “#カイキジでジューンブライド”

白は何色も隠せない

退屈



 生まれつき全ての物事が億劫で、できることなら思考するのも面倒くさい。死んでしまえばいいのだけど、そうするには少しばかり無気力が過ぎた。それがすべての原因なのだろう。死ぬのも生きるのも面倒、勉強なんてもってのほか、最低限の学歴さえ残ればよかったのに他に目ぼしいものも無かったせいか、授業を受けてテストを受ければそこそこの点数は取れた。特待が取れたからと私立高校に入ったのは間違いで、無駄に度胸のある同級生に窃盗やら何やら、適当に押し付けられてしまったせいで退学の被害を被って終わってしまった。その後無事に無罪が証明されたらしいけれど、今更戻る場所もないのでふらふらと女の家を出入りしている。

Continue reading “白は何色も隠せない”

君の名を呼ぶ


 ロッキーが呼び戻した二人は、どこからどう見ても対照的だった。甘い声で美しく笑う彼女と、思い出したかのように表情が少し揺れる彼。二人の姿は寄り添うというより、並び立つというほうが相応しい。コウは二人の姿は一つの終着点である、と考えている。
「どうしたの、コウちゃん」

Continue reading “君の名を呼ぶ”

ねえ


 ねぇ、と自分を呼ぶキジーの声を聴きながら、そういえばそんな曲があったな、と思い出した。次はどこに行こうかな、そんな歌詞だったような気がする。カイト、とキジーが名前を呼ぶことは極端に少ない。一週間に一度あればいいようなものだし、最悪の場合一月に一度しか聞けないだろうか。ねぇ、あのね、ちょっと聞いてちょうだい、と前置きがあればいいほうで、というかそもそも自分たちの間に会話は必要がないのだった。

Continue reading “ねえ”

君と過ごす夜


 ふとした瞬間に悪夢に襲われて、決して上質とはいえない睡眠がパタリと途切れる。幼い頃からいつもこうだ。原因は思いつかない。今日は誰かに、……何をされる夢だったか。いつも逃げたり殺されたりと酷い夢ばかり見る。厄介なことに一度目が覚めると覚醒してしまうので二度寝も出来ない。
 ふぁあ、一つ欠伸をして足に絡んでいた布団を蹴る。雨の音が外から聞こえた。今日は外には行けそうにない。身体を起こして、手探りで枕元の明かりをつける。じんわり暖かい照明を眺めながら、冷や汗の滲むシャツを脱いだ。雨の日は古傷が痛む。左脇腹が引き攣る気がするのだ。

Continue reading “君と過ごす夜”

年上の彼

 一つ二つの年齢差なんて些細なもので、出会ったころには大きく感じたそれも今じゃ気にすることがない。気にしたって仕方のないことだし、カイトが自分よりも数年早く生まれていたからと言って何も変わらないじゃないの。――と、今日までは思っていた。

Continue reading “年上の彼”

私の見た二人



 繁華街の片隅、古びたアパートメントの二階角に部屋を借りている。当然そんな場所にいれば夜中の喧騒、怒号、悲鳴は飽きるほど聞こえた。最初こそ私は危ない場所にいるのだと考えていたけれど、人は慣れる生き物で、とすれば危ない目に遭うのも仕方の無いことだったろう。目の前の獣、否、男を見るに自業自得だった。唖然としていた間に手首が捕まり、その勢いで体が傾ぐ。
「……ぃ、や」
 こんな時に限って大きな声は出ない。だれかたすけて。周りなんて見れなくて、声ももちろん出ない。目を閉じてしまう前に見えた男の顔は、ひどく汚いものだった。――真暗闇の中、唐突に男の手が私を離す。
「なぁに、してるのかしら」

Continue reading “私の見た二人”